「覗きこむモノ」
友人A子に聞いた話。
転職したA子は、それまでの家が通勤に不便だったので
引越すことにした。
引越しの当日、運搬は業者に頼み、昼からは手伝いに
来た彼氏と一緒に新居で荷解き、家具の位置を変えたり、
足りないものを買い足しに行ったりと慌しくして、よう
やく落ち着いてベッドに入ったのはもう12時近く。
彼氏もA子もクタクタだったのであっというまに眠りに落ちた。夜中、何か物音がした気がして目が覚めた。
疲れているので目を閉じたまま耳を澄ますと、枕元の方を
移動する足音が聞こえる。
ベッドの枕側にキッチンとユニットバスがあるので
「彼氏がトイレか水を飲みに起きたんだな」
と思ってA子は重い瞼を薄く開いてみた。
完全遮光のカーテンがかかっているので本当に暗い部屋の中、
僅かにカーテンの隙間から光が入るので、うっすら人影が見えた。
やっぱり彼氏か。そう思って目を閉じてまた眠ろうとした。
そのA子の顔を、とろとろ歩いてきた彼氏が覗きこむ気配がした。
よほど顔を近づけているらしく、息が顔にかかる。
自分の前髪に彼氏の前髪が触れる。
何やってるんやろ?
そうは思うがA子も疲れているので無視して寝ようと少し手足を
伸ばした。
伸ばした手の先に、何かが触れた。腕。
え?なんでここに腕が?
そう思って耳を澄ますと、自分の左側に彼氏が寝ているらしく、
聞き覚えのある寝息が聞こえる。
じゃあ今顔を覗きこんでいるのは?
A子は恐怖に身がすくみ、目も開けられなくなった。
気のせい?そう思いたい。でも。
まだ顔に規則正しく息がかかってくる。
前髪にも、額にも誰かの髪が触れている。
そういえば、顔を覗きこんだ時も、ベッドの枠や
マットレスに腕をついた気配はなかった。
A子のベッドの高さはせいぜい床から40センチ。
腰を90度近く曲げないとこんなに顔を近づけることは
できないだろう。
何か判らないモノが「く」の字に体を折り自分の顔を
覗きこんでいる。
そう想像すると怖くてたまらなくなった。「いやぁ!!!」
叫び声を上げて左側で寝ている彼氏にしがみついた。
突然悲鳴と共に抱きつかれた彼氏はびっくりしてとび起きて、「何?」
とすこし不機嫌そうに必死にしがみついているA子の腕を
振りほどくと、リモコンを手に取り部屋の明かりをつけた。「何かいたんやって、何かあたしの顔覗きこんでてん」
「・・・・・・何も居ぃひんけど」その言葉を聞いてようやくA子も彼氏の背中から顔を上げてみた。
部屋には何の異変もなかった。何度も説明をしたのに彼氏は寝ぼけてただけだと決め付けて
信じてくれなかった。
それでもあんまり怖がっているからしばらくは彼氏が泊まり
にきてくれていたけど、最初の日以降何もないからって今日
は自分の家に帰ってしまった。
でもやっぱり怖いから、と近所に住んでいて怖がりでない
私を呼んだそうだ。ひととおり話を聞いた後、
「でも良かったなぁ、横に寝てる方が彼氏ちゃう方やったら、
最悪やったやん?」そう言うとA子は一瞬固まった後、
「なんて事言うねん!」
と鳥肌を立てながら怒っていた。
怪異があったのはやはり初日だけで、
それ以降は何も起こっていないそうだ。
A子はまだそのマンションに住んでいる。