「私の弟」
私の弟は、小さい時から何かが見えていた様です。
たとえば夏休みなど、田舎の家に行くと、おじいさんとおばあ
さんが曽祖父がいつもいた広い座敷に布団を敷いてくれても、
絶対そこで寝ようとしませんでした。「どうしてだ」
と聞くと、ひいおじいさん(故人)が来て、
「おお、マサオよくきたね」
と布団の上に乗っかってきて、重くて眠れないからだと言って
いました。そういえばマサオ(弟の名前)は妙に年寄りに可愛が
られ、曽祖父からいろいろ教わっている様でした。そして、曽祖父が高齢のため寝込んだので、両親につれられて
お見舞いに行ったとき、私と一緒に寝ている曽祖父の横に座っ
た弟は「あ」
と小さく言ってじっと曽祖父を見つめていました。
曽祖父はその日は気分が良いとのことで、上機嫌でマサオにい
ろいろ話していましたが、彼は思いつめた様な表情で答えてい
ました。
翌日、92歳の曽祖父は狭心症で亡くなりましたが、弟は何か見
えていたと思います。それから長じて1978年6月のことでした。
その当時、私は大阪で勤務していましたが、弟は東京にいたの
で出張ついでに立ち寄ったのでした。最初、弟は私の顔を見て
「あれ」というような顔をしました。そして、強引に自分の家
に泊まれと言うのです。明日の仕事が気になっていましたが、あまり強引なので朝一番
で帰ろうと決め、予約していたフライトを電話でキャンセル
しました。弟の家の茶の間で奥さんも一緒に、弟と飲んでしまし
たがフト、テレビの臨時ニュースを見て真っ青になりました。当時、新幹線よりも往復の航空運賃が安かったので、東京本社
への出張はいつも飛行機でしたが、キャンセルした日本航空12
3便が山に衝突して墜落しているのです。弟は私の顔を見て
「兄さん、もっと飲もう」と徳利を差し出してきました。二人
とも日本酒党で、その日はしたたかに飲んでしまいました。弟
には、帰るフライトは教えていませんでしたが、多分、弟は私
の顔を見た瞬間、これが見えたのではないかと思います。今は海外出張が多く、年の三分一は日本にいない様な生活をし
ていますが、実は海外に出る時は、必ず弟に会う様にしていま
す。弟が「少し遅らせたら」と言うと直ぐに延期しています。
その時は案の定いろんなトラブルが発生していて、今までそれ
に巻き込まれることなく無事でいるわけです。
弟も小さい時の様に、このことについて話したくない様ですの
でとりたてて、弟にいろいろ聞いたこともありません。そう言
えば祖父もなんか見えていたのではないかと思い当たることが
ありましたが、残念ながら私にはその能力は遺伝しなかったよ
うです