「さく、さく」
中学校1年の時のことです。
当時私はものすごく古い借家に住んでいました。
築100年は経っていたかと思います。外観はトタンで
覆われていましたが押入れの戸を外した時、襖の裏に
長い半紙に達筆すぎて読めない行書で長々と綴られた
手紙が使われていたりしましたし、2階でジャンプすると
家が揺れるくらいでした。
「〇〇横丁」と呼ばれる城下町の中にあり、北隣は蘭学者
として有名な医師の旧宅、南隣は幕末の志士のゆかりの寺
があり、比較的古い建物が多く残る場所でした。
お風呂は家の外にありました。五右衛門風呂です。
玄関を出て左手、物置小屋とくっついていました。
家からの距離はほんの15メートル位です。
お風呂の裏は隣の家との境で、笹の生垣がびっしり、
猫も通り抜けられないくらい茂っていました。
お風呂にはすりガラスの窓がありましたが、そこに笹の葉
が当たっているのが見える程、お風呂と生垣は密接してい
ました。家族がみんな2階で寝てしまっていたので、おそらく
夜10〜11時頃だったのではないかと思います。
私はひとりお風呂に入っていました。
少しお湯がぬるくなっていて、いつもなら大声で親を
呼んで追い炊きを頼むのですが、もう寝てるしなぁ、
と思いながら我慢してぬるいお湯に浸かっていました。と、何か微かに音がします。
さく、さく
と誰かが笹の落ち葉を踏んで歩く音。
生垣の向こうの隣の家は観光名所として公開されている
旧家であり、生垣の向こうに広い庭があるため夜にその
家の物音がここまで聞こえてくるとも考えられません。猫か犬がいるんだろうか?
でも動物の足音にしてはやけにはっきりしています。
もっと重い、何かが歩く音。さく、さく、さく。
その音から感じる重さも、音の感覚も、人間の歩く音と
しか思えません。
しかも、近づいてきたその音は、お風呂と物置小屋の
周りを歩きはじめました。
生垣は、家の裏庭から前庭までずっと切れ間なく続いています。
風呂も物置小屋も生垣にくっついているので、周りをぐるぐる
回ることは絶対にできない筈なのに、音は明らかに周りを回っ
ているんです。
怖くてもう窓の方は見られませんでした。
物音を立てたら何かもっと恐ろしい目に遭うような気がして、
ぬるいお湯の中でひたすらじっとしていました。
お風呂の入口の扉も、薄い板を張ったたてつけの悪い引き戸に、
上からひっかける簡単な鍵をかけているだけのもの。
壊そうと思えば私でも楽に壊せるような戸です。
物音を立ててしまったら、何かが入ってくるような、そんな気
がしました。
そうすると、今度はその歩く音が少しずつ変わってきたんです。さく、さく、さくっ、ざくっ、ざくっ、ざっ、ざっ、
だんだん音が大きくなってきて、最後は
どしゅ!!
と、まるで時代劇で人が斬られる瞬間の効果音と同じような
音がすごく大きく聞こえ、それきり何も聞こえなくなりました。
怖くてまだじっとしていると、また笹の葉を踏むようなさく、さく、さく、さく・・・・・
その音が今度は次第に遠ざかっていきました。
結局1時間以上、その後もお風呂に入っていました。
明るくなるまで風呂に入っていようかとも少し思いましたが、
季節は冬。お風呂はどんどんぬるくなり、我慢の限界でした。
「今日のことは一生誰にも話しませんからどうかもうこれ以上
怖い目に遭わせないで下さい」と何かにさんざん祈ってから
風呂を出ました。
急いで家に入りましたが、それ以上何も起こりませんでしたし、
次の日に風呂の周りを検分してみましたが、あの音に関係あり
そうなものはなに一つ見つけられませんでした。今でも何の音だったのか全くわかりません。
でもここでこの話をしてしまったことで怪異が起こらないだろ
うかともう10年以上経っていますがまだちょっとだけ不安です。