「魚人の海走り」
〜長崎県五島市三井楽町姫島沖 1987年 初夏〜
空自6空団小松基地通電隊にて定年を迎えたR一曹は、 故郷
の下五島へ戻り、奥さんや周囲の反対を押し切り、 退職金と預貯
金のほとんどをつぎ込み ついに念願の趣味釣り 専用中古クルー
ザーを購入しました。航海用計器、ソナー、ギャレー(台所)、バース(寝床)、トイレ、
シャワー、カラオケまで装備した一生に一度の大贅沢、外洋クルザーです。
※船舶は港の繋留代、定期的な船底の牡蠣落とし、塗装他 維持費
などが大変この話は、その船購入より約4ヶ月後のベタなぎで、魚も釣れない妙な
日にR一曹が目的の無いクルージングへ出かけた時の出来事だそうです。
嵯峨ノ島〜島山島〜玉之浦〜富江〜黒島〜黄島〜赤島〜螺螳島〜
福江〜岐宿と、下五島を一周し、姫島沖へとさしかかった時のトラブルこれが事の発端
その時何故か船の速度が低下。エンジン音、回転数は同じなのに
スロットを上げても速度が上がらぬ低速状態、もしかしてこれが、船舶
講習時に習ったキャビテーション(船のスクリューの回転数が大きくな
り過ぎた場合、圧力の変化から水蒸気の泡が発生し空洞が出来、ス
クリューの回転効率が低下し推進力の落ちる空洞現象)か?一曹は
とりあえずエンジン停止。しばし船を休ませる事に そして 「それ」と
遭遇したのです。「なんだ、ありゃ?」
クルーザーから13時の方向50メートル程先に、海面から頭を出し
た巨大魚、双眼鏡で確認、間違いありませんクロマグロの頭、それ
にしてもデカイ、通常の1.5倍、想像すると4〜5mのマグロこれは
超巨大魚拓が取れる、よし、あのマグロを捕えようと決め道具を探
しました
釣の針と糸は細すぎる 網は魚が入らん そうだ、この金属バット
で接近し撲殺しよう そう決意した時、
待て、海面から頭を出したマグロ?そんな魚がおるのか?と疑問
を感じつつ、13時の方向を再び見た時度肝をぬかれ バットを落と
したのです。 半漁人?全魚人?魚男? いや違う 人魚ならぬ
「魚人/ぎょにん」 そうです、上半身はクロマグロ、下半身は
人間 (2本足に尾びれあり) エラ下に両手(手足も魚色)全長約
4m、口 は空を向き、焦点の合ってない魚目を動かしつつ波の動き
に合わせ海面に仁王立ちベギング(動物がエサをねだる時の後ろ
足だけでの立ち姿)して漂っとるではありませんか、よく見ると波の
下に他 のマグロがいるのか、どうやらその上に立っとるようです。マグロのサーフィン?「な、何じゃ、ありゃ?」突然、R一曹の脳
裏に亡くなった祖父の昔話がよみがえりました。「30mのイカ」「10
0キロのサザエ」「海の魔物 鯤(こん)」そして「魚のたたり神 魚人
(魚神)」そう、まさに祖父の言ってた「魚人」そのものです恐怖はここからでした。
突然、嫌な感じと、身の危険を感じ、とりあえずこの場から逃げる事
を決めたR一層 所が、船のエンジンがかからないのです、何度やっ
てもウンともスンとも言いません、で、ふと先程の直立魚人に目をやり、
全身鳥肌状態になりました、いつの間にか海面下に大量のマグロ?
が集結し船までマグロ道を作り、その上を魚人がゆっくりと歩いて船に
向かって来るではありませんか30m20m10m 一曹はなおもエンジンをかけ直し続けます。
6、3、2m ついに距離を詰め船のへりに魚人の両手が、いきなり
船体が傾き、一気に魚人乗船、そして、操舵席のR一曹へと接近
おどろき悲鳴を上げるR一曹、それにおどろいたのか?魚人もおど
ろきの奇声?一曹はヤケくそで、目前の計器類をどつきました、する
といきなりエンジンが始動し船尾が沈むように船が急発進したのです。
魚人は体勢を崩しよろけ、船尾と激突しつつ海へぶっ飛んで行きま
した。(まるでリプリーがエイリアンを宇宙へ放出するかの様に)やっとクルーザーは魚人からベイルアウト(戦闘機の座席上部の
ゼロゼロ射出レバーを引くと座席下部装備の緊急脱出用ロケット
モーターにてパイロットを座席ごと30m上空へ吹き飛ばす離脱方式)
出来たのです。「助かった ホッ」 と、ため息をつくR一曹は後方に目をやり、凍り
つきました。 な 何と 魚人が海面を走り、船を追って来るではあり
ませんか。(ほぼターミネーター2の警官状態)しかも、上を向いた
口はエラまで裂け、怒りの為か頭部から水蒸気?を発生させつつ、
目は赤色発光ダイオードのごとく輝き、その上、断末魔の猿の悲鳴?
或いは100人集団の一斉ガラス引っかき音?まるで聞いてると自分
の体内DNAが音を立てて破壊されてゆくかの様な高周波的叫びを
あげつつ追尾して来るのです。一曹は顔面蒼白になりながらスロットやラダーなどガンガンどつき
ました。すると突然 FM長崎/映画音楽特集「地獄の黙示録」が
船内特注のカラオケ用スピーカーから大音量で鳴り出したのです、
一曹は、スピードをリミッター寸前まで上げます、更に加速しなおも
追ってくる魚人 万が一ここで船が停止などしたらあの魚人に撲殺
される、とにかく、一曹は死に物狂いで逃げます。迫り来る魚人、
もはや騒音の大音量「黙示録」、爆走するクルーザー、「いかん、 このままでは、何時までたっても、このままだ」
その時、また信じられない物を目撃してしまいます、自分の足元
後方1m程に ミニ魚人が直立しとるのです(マグロの幼魚/ヨコワ
?手足あり)
一曹は瞬時に悟りました、何らかの理由で魚人の子供が船内に
迷い込み、 それを取り戻すべく親魚人が追って来てるのか、だった
ら、このミニ 魚人を親へ返せば、と、足でミニ魚人を海へ蹴りたおし
ました
実体が無い?まるで高性能3次元ホログラムです、ん?ミニ魚人の
足元が濡れ、水跡は下のキャビンへと続いてます。 このままでは
ラチがあきません、前方は広大な海洋、障害物無し安全、一曹は
一気にキャビンへと飛び込み水跡を追います、そして、見つけた
のです、バースで横たわってる子魚人「原因はこいつか」よく見ると
虫の息、何故船内に?どうして死にかけ?じゃ、さっきのは、
こいつの生霊?とにかく子魚人を親へ返すべく、脇にかかえました、
その時かなりの衝撃で揺れた船体、一曹は慌てて外へ飛び出します、
すると追い付いたのか魚人が乗船してます、おまけに、手には金属
バット「まずい」R一曹は、こん身の力を込め子魚人を海へほおり投げ
ました。すると、バットを捨て魚人も海へ飛び出し海上を海走りマグロは餌を追ったり、天敵から逃げる場合時速80キロ以上の速度
で泳ぎますが、まさにそれの海面走り版です、あっと言う間に子魚人
をラグビーのごとくキャッチすると、そのまま凄い速度で水平線の彼方
へ爆走して行き、やがて見えなくなってしまったそうです。FMも「ランボー」のエンディングに変わってました。訳の分からん
魚人とのバトルランを終え、その場に崩れ落ちたR一曹の髪は、
1本残らず白髪になってたそうです。 その後、R一曹は船を売り
飛ばし趣味を山歩き(洋ラン やまいも 山菜捜索)へと変えたそ
うです。なお、それ以後、寿司のトロなど生涯、口に出来なくなっ
てしまったとの事です。そう話終えた後、私はR一曹の白髪を不思議そうに眺めながら、
「酒による幻覚でしょ」と疑いましたすると一曹は、
「誰も信じんのだ」と家の中から 船尾と激突した際 魚人から
剥がれたのであろう直径5cm程の巨大鱗(うろこ)を2枚持って
きて見せたのです。私は血の気を失いました。
(エピローグ)
その巨大鱗なのですが、その年の冬、県の水産試験所へ調査を
依頼すべく、友人に委託した折、長崎のフェリー乗り場にて荷物ご
と置き引きに合い残念ながら紛失したとの事です。以前、陸からの移行型、魚竜化石が発見され、陸の爬虫類と魚
との空白を埋めるミッシングリンクとして注目されました、生物の進
化の過程で、どうしても説明のつかない失われた鎖の輪「ミッシン
グリンク」 マダガスカル島近海で古生代魚の生存するシーラカン
スが発見されたのが1938年。それまで人類はシーラカンスを化石
でしか知らなかったのです。人類にとって海洋は、とてつもなく広大で現在なお、未知なる
領域そのもの太古の昔、鯨(くじら)には、前足、後足があり、陸上
生活をしていた事は、既に証明されてます。手足の生えたマグロ、
そんなのが居るはずが無い、はたして、そう断言できるのでしょうか?