「黒い影」

怖い話のネタはあったのですが、他の人に話したら
呪われそうな(笑)気がして、ずいぶん長い間、
人に話せなかった話です。 あれは3年近く前の秋でした。

おそらく10月頃だったと思います。
大きな催事が成功して、打ち上げをした帰り道でした。
2次会3次会という流れで、もう深夜1時を過ぎていたと思います。
遅い時間だったので、年齢も同じで仲の良かった取引先の
担当者のYさんが私を家まで送ってくれることになりました
(3次会の店からうちまではゆっくり歩いても20分という
ところでした)。
大通りから路地に入るとその辺りにはマンションも殆どなく、
つげ義春の漫画にでも出てきそうな古いアパートや民家が
並んでいて、明かりの点いている家は殆どありませんでした。
車やバイクも通りません。
しばらくそんな路地を歩いていると、前方の民家から出てきた
人影が見えました。
スーツを着た男性のように見えましたが、普段無意識に
やるように、その男性を避けるように道の反対に寄り、
目を会わさないようにYさんと話しながらすれ違いました。

すれ違う時、視界の端をその男性の手がよぎったのですが、
その手が墨で塗りつぶしたように真っ黒に見えたのです。

手袋をするにはまだ早い季節でしたし、何より手袋を
はめていたというよりも、本当に素手を黒く塗ったような
輪郭に見えました。
気のせいかな、と思おうとしましたが、どうにも気になって、
すれ違ってから10秒近く経っていたと思いますが歩きながら
振り返ってみました。
もうどこか角を曲がって行ったかもしれない。そう思って
振り返ったのですが、
ほんの5メートル後ろにその男は立っていたのです。

手だけではなく、全身が真っ黒でした。
黒いというより、路地の写真を人の形に切り取ったように、
のっぺりと黒いのです。
その影は、左の肩に耳がつくくらい首を斜めに傾げて
こっちを見ていました(目も顔も見えないのですが、凝視
されていると感じました)。
心臓や胃や、内臓を冷たい手で鷲づかみにされたような感じ。
同時に全身の毛穴から冷たい汗がふきだしてきて、手足が
痺れたようにこわばってしまい、急激な目まいで自分が
まっすぐに立っているのかも振り返った瞬間にわからなくなり、
私は黒い男から目を逸らすことも出来ず、足を止めて隣を
歩いていたYさんの袖をぎゅっと掴みました。
Yさんは訝しげに私を見おろした後、私の視線を追って
後ろを振り返り、
それから明らかに動揺した様子で私の肩を掴むとわき目も
ふらずに早足で歩き始めました。
どこをどう通ったのかは覚えていないのですが、ようやくYさんが
足を止めたのはJRの駅の前で、うちを通りこしていました。

一人になるのは怖かったし、黒い影がいたのはうちまであと
1,2分というくらいの近所だったので、一人で帰る気にはなれず
私はYさんと駅前のカラオケに入りました。
「・・・何やったんやろうね、あの黒い男」
私がそういうと、Yさんはきょとんとした顔で、
「え、女やったやん」
と言うのです。聞いてみるとYさんが見たのは、ロングスカートで
ロングのウェーブヘアの真っ黒い女だったというのです。
私にはがっちりと肩幅の広い、スーツかジャケットを着た男に
見えました。
切り抜かれたようにのっぺりと黒い影が首を傾げてこちらを
見ていたというのは同じだったのですが、Yさんにはそれは
ほっそりした体でロングスカートにウェーブヘアの女に見えたと
言うのです。 結局お互い「絶対見間違いじゃない」という平行線のまま、
やけくそで朝までカラオケをして、6時頃に再度Yさんは私を家まで
送ってくれたのですが、昨日黒い影が出てきた家の辺りを
黒い服の男が2人うろついていました。一瞬びくっとしましたが、
それは葬儀の準備で案内の看板を立てている葬儀会社の人でした。
葬儀を出していたのは、家の半地下がガレージになっていて、
右側から階段で玄関に上がれるようになった家。
間違いなく黒い影の出てきたその家だったのです。

亡くなったのは名前からすると(たづ、か、みつ、とかそんな名前でした)
おばあさんだったようです。
あの黒い影は亡くなった人の魂か何かとは思えませんでした。
何かもっと悪意のある何か、死神とかそういう部類の何か
だったのかもしれない、と感じています。
まるで吊られたようなおかしな立ち姿と折れたように傾げた首。
何の凹凸もないのっぺりと光を吸い込むようなただ黒いシルエット。
今でも思い出すと胃が締めつけられるような嫌な気持ちになります。

なんか書いて見るとあまり怖くないですね( ̄x ̄;)すみません。
ちなみにこの場所は、最近新撰組ブームですっかり観光客の増えた
京都の島原です。
あの辺り、本当に民家ばかりで夜は人通りがなくて寂しい所です。
自分しか見ていなかったら気のせいで済ませてしまうのですが、
連れも見ているとなると・・・でも女性と男性で違うものを見ていたと
いうのも謎なんですけど。
当時は怖くて本当に誰にも話ができませんでした。本当に、話したら
またあの影に出会ってしまうのでは、と思えてしまって。
もしもっと近くでじっくり見たら、正体が分かっただろうかとか、
でも触ったりしたらどうだったんだろうか、とか色々考えてしまいます。


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