「霊感」

いいえ、私には霊感なんて元々無かったんです。
あの日から、私には見えるようになってしまって、
それ以来もう十年以上になりますか、
今では生活の一部になっています。

私は京都市内に住んでいます。二条城と御所の間です。
京都とは、ご存じのように西暦794年に遷都され、明治まで一応都だったところです。
政治の中心であったため、流された血も想像を絶するものがあります。
平治の乱から応仁の乱、果ては明治維新に至るまで、何度この町は焼かれ、
人の呪いと恨み辛みを吸い込んだことでしょう。

私は特に歴史に興味をもつでもなく、小学校から高校に至るまで、
大して日本史には興味を持ちませんでした。
今でも、興味があるわけではありません。
ですから、私の説明は、いい加減なものです。ご勘弁下さい。

でも、現象は確かなのです

二十歳の頃、私は親元から離れ、大して距離も離れていない
二条城の西にある学生マンションで一人暮らしを始めました。
気楽な気楽な一人暮らしでした。
親の束縛もなく、友人を連れ込んでは酒を飲んだりしていました。

やがて、女性もつれ込むようになりました。
二十歳になって、やっとできた自分に好意を持ってくれる女性でした。
彼女の家は、いわゆる旧家というやつで、徳川時代より前から京都に
代々住んでいるそうです。
それだけに、彼女の家は近く、夜遅くでも訪ねてきてくれ、
やがてそう言う仲になりました。

初めてのことで、ぐったりしたような、嬉しいような、誇らしいような気持ちで、
私は一人、椅子に腰掛けました。

ホッと一息抜いたときです。

私は視線を感じました。

ふと股の間に目をやると、禿(かむろ)がいたのです。
禿とは、平安時代の子供と思ってみてください。
その子は、異様に見開いた大きな目で私を見つめていました。
でも、そこに何の存在感もなく、私の太ももの間から、見えているのです。
彼か彼女か分かりませんが、その禿、どんどんと顔が上がって来るのです。
そして耳ともでクスッと笑って、消えていきました。
私は恐怖感もなく、ただ、何だったんだろうと思いました。

またある夜、彼女が帰っていった後、私は横になっていました。
眠るつもりで。すると、ふと目が覚めたのです。
消したはずの蛍光灯が煌々とついています。

あれ、俺消し忘れてるわ

そう思い蛍光灯からぶら下がる紐を引こうと起き上がろうとして、
体が動かないことに気がついたのです。
自分の意志で動くのは、眼球だけ。

ああ、これが金縛りかと、漠然と思っていると、足元に強烈な視線を感じたのです。
それはゆっくりと、這うように私のすね、膝、太もも、腰、腹、胸と上がってきます。

何だ?そう思って視線を見つめ続けました。
すると、痛いほどの視線が顔にまで来たとき、
そこに左目に突き刺さった矢もそのままに、

額を大きく割られた首があったのです。

彼は私と目があった後、頭の方へ抜けて消えていきました。

霊感なんて全く信じない私は、誰にも相談できませんでした。
これは、精神科に行った方が良いのか、それともちょっと気分転換に
どこかへ旅行でも行けば治るのか、とかく自分の体に何か異常がある
のだろうと思っていたのです。

それというのも、そういうのをよく見るようになったからです。

鴨川のほとり、三条から六条にかけてはかつての首切り場でした。
晒し首場でもありました。鴨川にかかる橋の上や河原で、私は見かけるのです。彼らを。
ボロボロの布をまとった浪人風の男、彼は私と目が合うと、嬉しそうに笑いました。
四条では豊臣秀頼公の側室やその子達が秀吉公の命により処刑されました。
一人一人、子から先に刀で串刺しにされたそうです。
歌舞伎で有名な○座で仕事をしていたとき、私は良く小さな子達が鞠を追いかけて
いる姿を見ました。それはきれいな装いで、匂わんばかりのかわいらしさで。
でも、彼らは役者ではないのです。

ある夜、私は彼女にこのことを告白しました。
かなり精神的にも参っていましたので。
すると、彼女も告白したのです。彼女も見えるのだと。
小学校の頃、トイレに起きた彼女は、廊下の奥で白くボーッと輝くものを見たそうです。
それから何度かそんなことがあって、だんだんはっきり見えるようになったんだとか。
かなり前のことなので、はっきりしたことは覚えていませんが、

女の人が立っている、

そんなことを言っていたでしょうか。

その後、彼女とはいろいろあって別れました。
それから出会い付き合った女性を抱く時、私は普通の男性が感じるであろう喜びと共に、
ひょっとしたら俺に抱かれることでこの人も霊が見えるようになってしまうんじゃないか?
という不安が胸を締め付けました。正直に言って、楽しめなくなりました。

今では結婚して、子供もいます。
妻は霊なんてアハハという感じの人で、全く存在を信じていません。
上の子は、女の子で、三歳くらいだったでしょうか、あらぬ方向を指さしては、
おじちゃん怖い、とか言っていました。

私のその時の恐怖が、分かっていただけますか?

ある夕方、黄昏時に御所の中を歩いていると、娘が指さすのです。
その先には、官服を来た青年がお腹を抱えるようにして、立っていました。
彼は私たちに気がつくと、ニッコリと笑ってお辞儀をしました。
私は、返事をしませんでした。

以来、娘が霊を見ることはありません。
ですが、私は相変わらず見えています
町中がで学生が歩いている、そう思っていたら、彼が驚いたように私を見つめます。
彼も自分が見える人間に驚いたのでしょう。
私は直ぐに視線を外し二度と彼を見ようとはしません。

別に自分を特段不幸だとは思いません
霊の存在を信じるか、そう問われると、正直なんと答えたらいいのか分かりません。
ですが、皆様もこのお盆の時節、私たちの血のずっと先の存在に思いを致し、
感謝を捧げても良いのではないでしょうか。

 


  お わ り   

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