「法隆寺の謎」
奈良県斑鳩(いかるが)の法隆寺。
ここは、聖徳太子の氏(うじ)寺と 呼ばれる、
世界最古の木造建築物である。日本書紀では、607年に用明天皇の遺命により聖徳太子が建立し、
670年に焼失した。その後、焼失した法隆寺の西に聖徳太子の死後
当時の国の威信を賭け再建立されたのが現在の法隆寺である。
(五重塔の材の伐採年は673年、中門の材は699年)この再建は、蘇我氏(そがし)が、聖徳太子の遺族を滅亡に追い込む
のを中臣鎌足(かまたり)が、黙認した為、鎌足の子、藤原不比等(ふひと)が
聖徳太子の怨霊に祟られないようにと法隆寺を再建したと言われている。或いは又、天皇家による太子の怨霊封じの寺だったとも言われている。
しかし、最近の調査では、実は聖徳太子は、実在してない架空の人物だと
言う説が急浮上している。(存在して無い方が史実のつじつまが合う)聖徳太子が存在してなかったとすれば、誰が法隆寺を建立したのか?
はたして、法隆寺に祀られているのは何者なのか?
又、誰の祟りを恐れて、国の威信を賭けてまで再建立したのか?
この謎が解明されれば、日本史の常識が音速で崩れ去る事は言うまでもない。